4月 23rd, 2010 | |
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以前、ある2ちゃんねるのまとめサイトで「豆腐メンタル」という言葉を見かけた。意味は文字通り「豆腐のように脆い精神」である。まさに僕にピッタリの言葉だ。そう、僕は間違いなく最高級の豆腐メンタルの持ち主。
怒られるのが極度に苦手
まず、怒られる、否定される、間違いを指摘される、これが極度に苦手である。もちろん「怒られたり、否定されたりするのが得意」という人はいないだろう。いつかドラえもんが言っていたように「誰だって褒められれば嬉しいし、文句を言われれば腹がたつ」だろう。だが、どうやら僕はこの部分の耐性が圧倒的に無い。もうペラッペラの装甲で、ビームライフルどころかバルカン射撃でも貫通しちゃうレベル。
それが顕著に現れるのがドラマや映画のシーン。ある登場人物が、もう一方に激しく怒られているシーンは本当に見ていられない。実際に自分が追い詰められているわけではないのに、そういうシーンになると自分が怒られているのと錯覚して落ち込んでしまう。
叱責シーンはホラー同様
それが嫌なので「このままストーリーが進んだら、怒られるシーンになるだろう」と悟ったらその時点で見ない。DVDだったら、そのシーンはごっそり飛ばす。怒られるぐらいならストーリーが欠落した方がよっぽどマシ。僕にって叱責シーンは最悪のホラーシーンなのだ。もし、井戸から出てくる貞子に大声で怒られたらと思うと恐怖どころの話じゃない。
そんなメンタルで大丈夫なのか?と思うかもしれないが、もちろん駄目である。僕は社会に適合できなかった。僕は就職した仕事場でいつも怒られていた。一緒に組んでいた先輩方は最高に良い人達だったけど、僕が引継ぎ作業をする相手が有名なガミガミ爺だったため、毎日のように半泣きで帰った。マジ泣きした日もあった。あれから10年近く経つけれど、今でもその夢を見る。
怒られて辞めるのは当然
「怒られるうちが華。本当にどうでもよくなったら怒られない」というのはもっともな意見だと思う。でも「これしきのことで本当に怒る必要があるのか」と疑問に思い始めたら信頼関係は崩壊する。それなのに「今の若い人は怒るとすぐに辞めてしまう」なんて摩訶不思議な事を言い出す。就職できるぐらいの年齢になれば「この程度のことで怒られるのだったら、これからもっと怒られ続けるだろう」と想像するのは当然だろう。本人がそう思っていなくても、心の奥では「自分の未来はここには無い」と気づいている。誰がそんな未来を望むのか。
「甘えるな、多くの人はそれを乗り越えている」と思う人もいるだろう。その後、僕は幸運にもガミガミ爺と接触することがなくなったため、5年間働いてイタリアで引きこもるだけのお金を貯めることができた。だが、これは本当にラッキーな例だと思う。ラッキーが起きなければ、僕は絶えきれなくなって辞めていただろう。当時の僕や早期にリタイアしてしまう人には、そこで働き続ける未来は見えていないのだ。それでも社会がそれを乗り越えなければいけない精神力を求めているならば、やっぱり僕は豆腐メンタルだと思う。
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